
チクタク、チクタク。
こんな些細な音、存在すら忘れるほどに意識をしていなかった。遥か前から私の日常に溶け込んでいるその音は、気が付かない間にとても大切な役割を果たしてくれていた。
秒針は静寂を演出していた
実家には、両親のどちらかが子供の時から使っている小さな壁掛け時計があった。
それはどこにでもある、至ってシンプルな四角い時計。木枠のなかにすっぽりと収まっているのが印象的だった。
勉強机のちょうど真上くらいの位置に掛けられ、珍しく勉強する時はその秒針を意識することなく鉛筆を走らせていた。
やがて長年使っていたその時計は役目を終えて、壁から外されることになった。私自身愛着などは無かったしどうでも良いくらいに感じていたのだが、しばらく経ってからその存在感を体感することになる。
期末試験を翌日に控えていたある日のこと。
うるさい環境ではどうしても集中できない私は、家族が寝静まった後にデスクライトを点けて勉強を始めることにした。
10分、20分と時間は経過していくばかりで、なぜか目の前の勉強に集中することができない。それからも眠くないのに眠ろうとする時みたいに、ただやみくもに「集中するんだ」なんて言い聞かせながら机に向かい続けていた。
1時間ほど経ってトイレに行くことに。
途中で玄関を横切る際、私は感じていた違和感の正体に気が付いた。
玄関には小さな置物の時計が置かれており、時計からは僅かに「チクタク、チクタク」と単調な音が鳴っている。
私は置物の時計を自分の机に持っていき、勉強を再開した。
もっと早く気が付けばよかったと後悔するくらいに、鉛筆が走っていったのを今でも覚えている。
ま、テストの点数は悪かったんだけども。
私はそれまで、時計の秒針が演出してくれる静けさに気が付いていなかった。
そのことは、いったん考えてみたときに、ずっと前から知っていたことのように当たり前なことに感じた。
本当に何の音もない真っ白のような空間に、時計の針をぽんと入れるだけでよりその空間の静けさは際立つ。このことを、私は真逆のものが引き立てる効果だと思っている。
真逆のものが、ひとつのものを際立たせる
私は長いことピアノを習っていたが、ピアノを弾く時だってそうだ。
静かな表現をしたいところで、なんでも静かに弾けばいいわけではない。アクセントを入れたり強弱のバランスを入れることで静けさはもっと強調される。
甘いものだって塩の辛さが少し入るだけで、その甘みは格別なものになる。
真っ白な空間より黒が1割入っている空間のほうが、白は際立って見える。
そう考えれば料理の味やデザインなど、世の中の多くのことがこれに当たっている。そして真逆な何かによって際立つものに、私は魅力を感じてついつい引き寄せられてしまうことが時々ある。
イイ部分しか見えない人に魅力がわかないのも、そういうことなのかな。